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ケーシー村上 プロフィールのページ


ケーシー・casey・kcmurakami

ネットの世界は、異様なまでにバーチャルな世界です。はたして、そんなに恐ろしい場所なんでしょうか。性別すらあやふやなものとまでいわれています。何故このようなことになったのでしょうか私は出来る範囲でプロフィールを公開していきたいと思います。





生まれは備中高梁市

岡山県高梁市備中町

(写真は) 生後148日目の七五三にて・・・

岡山県高梁(たかはし)市は倉敷市から高梁川を北上して、県中央に位置する「西の小京都」とも称される城下町です。筆者の故郷「湯野」も平成の大合併で高梁市に編入されたのですが、合併前は川上郡備中町でした。



修行と挫折・・東京時代

レコード大賞も受賞されたコロンビア専属の著名な作曲家夫妻の許で作詞・作曲の修行をしました。奥様も作詞家として活躍されていました。日本の歌謡曲の詩の原点は、流れの良さから7775調の都々逸がベースになっているのです。原点だということで、来る日も来る日も延々と都々逸と付き合いました。ただ先生は、作曲より歌をやれと、音痴の私に歌のレッスンを強いられた時期もありました。


(19歳)

しかし尊敬していた師匠の許しがたい性癖(公開禁止用語)が原因で、私は志しを捨てました。冬の深夜、先生のマンションを飛び出し中目黒から泣き泣き渋谷まで歩き、渋谷駅前で浮浪者がゴミを焼くたき火で暖を取り山手線の始発を待ちました。始発から4時間位、車両の角でグルグル回る電車内で睡眠を取りました。思い立って、そのまま楽譜も彼女も身の回り品もすべて捨てボストンバッグひとつで各停を乗り継ぎ、東京を離れ故郷の岡山に帰ってきたのです。


当時を思い出して歌ってみました





挫折が人生を変えました

夢の挫折は逆に重圧からの解放感で一気にふっ切れ、人生観まで変わりました「楽しく生きよう!たった一度の人生!」





最初の買った車
いすずベレットを丸専手形という形の借金で手にするのでした。実に年収の2倍ものシロモノなのでした



帰郷・結婚〜六人家族

岡山に帰郷し勤務先のお得意先の多くの友達と青春を謳歌していました。当時まったくその気もなかったのですが、気がついたら結婚していました。

ケーシー村上「自分ものがたり」〜出会いから結婚編


今、聴くと超恥ずかしいです・・・(絶句)


  
2015年GWに・・

現在の少子化の風潮は如何なものでしょうか?自分たちの生活のためだけでしたら、淋しすぎはしませんか?4人5人と子供を設けたら生活が苦しくなる・・・日本って、他のアジア、アフリカ諸国以下で、次代を託す子供すらも育てられない貧困な国なのでしょうか?我が家は長女・長男・次女・次男と、賑やかな六人家族です。これで!まだ全員ではありませんね



福山市に居を構えることに・・

情けないほど知名度の低い福山市

全国の皆さん、福山市をご存知でしょうか? 人口47万人(全国33位、政令市以外では12位)、新幹線はのぞみ・さくら停車駅なのですよ。倉敷市と尾道市の中間に位置する城下町なのです。

最近の都市規模のバロメーター(福山市内の店舗数)


    
スタバ2店舗          コメダ2店舗        マック13店舗
(しかしこれは、誇りなのか恥なのか判断に困るところです)



吉備だんごと言えば岡山の名産品です。福山、尾道、三原、府中はもとはといえば、備前、備中と同じ吉備だんごの「吉備の国の備後」で、岡山県の一部でした。明治のはじめ何があったのでしょう、遠い芸州広島県に強引に編入されたのでした。





演歌好きな私と、演歌などには
興味を示さない妻との40年


演歌をこよなく愛する私に対し、妻は演歌などにはまったく興味を示そうとしませんでした。そんな妻ですが、後にも先にも40年くらい前に一回だけ演歌を歌ったことがあるのでした。もちろんそのシーンは強く記憶しています。その日、自宅で数人の気の合った友人と昼間からカラオケ飲み会をしていました。その時友人達から強引に促されて歌わさせられたものでした。今までの一生で一度の出来事ですからその状況ははっきり覚えています。三船和子の「だんな様」を歌ったのでした。その歌詞はズシンと心を刺しました


今改めて聴いてもその歌詞は重いです。その後長い歳月を経て、現在に至り私は三門忠司のアルバムの中からシングルカットもされていない曲なのですが素晴らしい作品に出会ったのでした。その曲は「浪花の夫婦」という曲なのでした。この歌を聴いて、あの時聴いた「だんな様」が甦ってきたのでした。40年も経過して、「この曲こそ、あの時のあの歌へのアンサー・ソングなのだ」と確信したのでした。


演歌一色の私のサイト、おそらく妻は見たことないと思います。見てると思ったらおそらく書けないでしょう。絶対に見ていないからこのような事が書けるのです。演歌だってけっこう奥が深いのですよ、奥さん!





最寄駅はJR東福山駅or大門駅

自宅から瀬戸内海が眺望!



部屋から瀬戸内海が眺望できるロケーションです。昼夜を通じてまったくカーテンを閉めることなく生活できる解放感がお気に入りです。


男のロマン・・・私のデスク
(パソコンカラオケシステム)



考えてみますと、パソコンとの付き合いは、フロッピー・ディスクすらなくテープ・リードの時代からですので、25年以上になるのでしょうか?当時から考えますと、この分野の発達は目を見張るものがあります。(もちろんJOYSOUNDカフェ常設です)





「人生観」

「人生」は誰がどう言おうとも、一度だけなのです。失敗した時、「一からやり直したらいいジャン!」と他人は無責任に慰めますが、決して機械のようには完全リセット(初期化)は、出来ないのです。そして昨日・今日の今も二度とないのです。感性と感情を大事にして、悔いの残らぬ人生を送りたい。

まるで漫画!


  

「まんが福山の歴史」を描いた漫画家が描いてくれた私の似顔だそうです (誰です?漫画のほうがいいって言ってるのは・・)





ヒトの天命は120年


最強の哺乳類ヒトの寿命はMAX120歳だといいいます。それから色々なマイナス要因による引き算で、人それぞれの余命はどんどん短くなっているのです。人生は、還暦をもって、やっと折り返し点に達したところという由縁なのです。私はその折り返し点からは、新たな人生観で生きていきたい願望を持っていました。そのためにもなるべくならマイナス要因の除去に努め快適な余生を送りたいと思っています。

80代の女性の方々が、口を揃えて「もし許されるなら60代に戻りたい」とおっしゃられていました。「第二の青春」だともおっしゃられていました。」

今、青春まっ只中の、紳士、淑女の皆さん、楽しいのは「今なんですよ」 取り敢えず私はカラオケです。








「恋愛観」


私は「ときめき」という言葉が大好きです。普通の人でしたら年齢や環境に関係なく、一生に何度かは、ビビっと感じる異性に遭遇する筈だと断言できます。例えば芸能人に対してだったら、その感情の公言をはばかることはありませんね。しかしそれが対一般人ということになりましたら、その純粋な感情にすら罪悪感さえ持つのは何故でしょう。その「ときめき」ともいえる感情を対内的に閉じ込めるのは逆に不健康だと思うのです。少なくても感情の伝授ぐらいはすべきだと思うのです。










結局は・・・

せっかくの人生!楽しくやりましょうヤ!






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私の趣味(道楽)

都々逸・創作童話・・・

文学都々逸




(都々逸は7775の文学である・・・私の持論です) 趣味が高じてついに「都々逸サイト」開設するにいたるのであります



創作童話


画像は制作された絵本をスキャンしました。音声はラジオ放送された番組の録音からです。





楽曲収集&ひいき歌手


各ジャンルの楽曲10000曲以上保有
(うち6000曲はデジタル化してMD保存)



歌謡曲ファンの私は、日本の歌謡曲を10000曲以上、デジタル化して保有しています。以前「演歌のサイト」を運営していましたが、非営利の個人サイトの、しかもストーリーミング再生の楽曲に至るまでも著作権の対象になり、当局の通達で全削除しました。もともと限られた音階、旋律のうえで構成されている演歌に著作権ウンヌンを主張する以前に、自らの二番煎じ、パクリの横行こそを自浄するのが先決だと思うのは私だけでしょうか?外国の方からすると、全部同じ曲に聴こえるといわれる所以はそこに在ると筆者は思うのですが・・・

(以前、運営していた応援サイト)

周R美日本応援サイト
千花有黄応援サイト
岡田しづき応援サイト
長保有紀応援サイト



「こだわり」&「オリジナル曲」


サイト「やっぱり歌謡曲」のテーマソングを自作してみました。一般の曲とは違って、いわばCMソングの類だと、ご理解のうえ、お聴きください。


創作曲「やっぱり歌謡曲」です






そして、今は?

カラオケを楽しむため、新サイト開設しました





せっかくの人生!楽しくやりましょうヤ!




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注:データ、画像とも随時更新しています





1998.12.30
yahoo掲示板「演歌」ジャンルにトピ開設。ネットデビュー
2001.1.20 ホームページ「しょぼページ」を開設
2001.1.20 ふるさとサイト「湯野っ子集まれ」開設
2002.5.14 「しょぼページ」を「音蔵憩い館」に模様替え
2002.5.14 「岡山県の道」を開設
2004.11.20 「日韓歌謡架橋」を開設
2005.2.17 ページ・アクセス30万突破!
2007.8.05 ページ・アクセス60万突破!
2008.5.10 「音蔵憩い館」閉鎖 「都々逸はなまる道場」開設
2009.5.31 ページ・アクセス 100万突破!
2011.4.03 ページ・アクセス 200万突破!
2011.12.11 「岡山県の道」閉鎖 「やっぱり歌謡曲」開設
2012.6.30 「日韓歌謡架橋」周R美ファンの集い
2013.7.6 ページ・アクセス300万突破!
2014.10.13 独自ドメイン http://www.kcmurakami.com/ を取得する
2014.11.1 「日韓歌謡架橋」閉鎖 アーカイブ版存続 
 2015.2.1 「コンチェルトで歌おう」を単独サイトに昇格 
 2015.9.1  ページ・アクセス350万突破!
2016.1.1  「しょぼページ」の名称復活及び「カラオケ・ネット発表会」開設










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